根本敬 「樹海」VR ver.1

2017年に描き上げたゲルニカ級の大作「樹海」をVRで体感。

VRで「樹海」

クラウドファンディングのコレクターの方々をはじめ、根本敬ゲルニカサイズの絵を描くとの噂を見聞きしながら、 実際にその完成した、あの「樹海」を目にした方は非常にすくない。
せめて、 疑似体験でもよいからしていただければと思いました。

「樹海」を描く際、最初は大げさなことは考えずに手を動かし、 キャンバスになんでもいいから描いてゆく。それを心がけました。絵のサイズを「側」は大きい大きいと強調しましが、 自分はそれに惑わされないよう気持ちを持っていきました。
とにかく、 キャンバスに向かい迷う時間があったら迷ってないで手を動かし続 ける。
そうこうしているうちに形が出来、次第に絵になってゆき、 時間が経つにつれ勝手に仕上がっていくわけです。
 「樹海」との命名の由来は、そう感じたから。 地獄でも極楽でもなく森林、樹海だなと。
また、 商品と考えた場合キンタマとかゲロとか、ブタのクソとかまずいでしょ、 ってのは最初からありました。そういう命名を楽しみにしている人達も少なからずいるのは心得ていましたけど。
これはね、あくまで「名画」ですから、それらしく。描いた以上は売らなきゃならない。商品ですから。
しかし、絵を描くって……まあ絵に限らないけど、表現?言うんですか。
こういった作品にしたり、創りあげるってのは、 最初に「答え」を出してしまうというようなもんでね。
答えを自分でだしといて、じゃあその問題はどんな問題だったのか、 仕上げてから考えると。
とにかくそういうものかなと思います。
それでまあ、「樹海」 と命名した以上は本物の樹海へ行っみようとなる。
さて問題はどんなもんだったのかと。

「樹海」へ

答えを解くより、問題を探すのは難題なんだけど、 それがまた楽しい。
とにかくだからこそ面白いんですよ。煩わしいこと、嫌なこととも向かいあわなきゃならないし、時に予想を越えた打撃として、自分のした表現が自分へ返って来る。大作は数奇な運命を辿るときいたことがありますが、既にそういう最中(さなか)にいるんですよね。沢木耕太郎に「人の砂漠」というのがありましたけど、富士の樹海だけでなく「人の樹海」も入ってますからね。
よく、因果という言葉を私は使ってきましたが、 真理は因果ではなく「果因」であると近年よく思います。
初めに果があり、そこから因果は始まるのだ、と。
と、その辺はまたあらためて、まぁ。

「樹海」完成後その問題を求めて、 富士山裾野に広がる森林へと度々向かうことになるわけです。
あまり区別が自分も含め一般的についていないと思うんですけど、 あの樹海と総称されている富士山周辺を覆う深い森林地帯は1万年以上の時が経つ静岡県側の原生林と、たかだか千数百年程度のいわゆる樹海・青木ヶ原のあたりの山梨県側とで区別されるんですね。
私が最初に足を運んだのは実際には樹海ではなく原生林の方だったんです。
原生林は、全てが出来上がった天然の芸術作品でした。 倒木ひとつとってもすぐれた彫刻のようでした。
 
森林全体が格式ある美術館のように感じました。
とにかく出来すぎており、整然として威厳がありました。
私には、その完成度に敷居が高いとすら感じ、結構気後れしました。
それから、何度か原生林を訪ね、ある時、 帰路鳴沢氷穴からいわゆる、 ネガティブなイメージをしばしば与える青木ヶ原の樹海へ入ってい ったんです。
そこで私は原生林にはない、猥雑さと若さゆえのバカさ(若さはバ カさである)を感じました。死のイメージが喧伝されているが、 原生林の1万数千年に比べればたかだか千数百年の樹海は若僧、とにかく生き生きとしているのです。 権威とも程遠い。
原生林を格調高い美術館にたとえたなら、 樹海は街角の小さなギャラリーであり、 ストリートであると感じました。
正直原生林があまりにも立派で、うちのめされ、 途方にくれていた私は「これだ」と膝を打ちました。
青木ヶ原の樹海というと、 自殺の名所としてネガティブなイメージが固まっているようですが 、さて実際はどうでしょう。
問題探しはまだ途上にあり、 今現在もしばしば樹海を訪れ解答としてのこの名画「樹海」 の問題探求の明け暮れですが、更に樹海の奥へと歩を進めると…
 
以下、この私の「樹海」解説、菅野ヘッケル訳「ボブ・ディラン自伝」 の結びの一説を引用し現時点での報告にかえさせて頂きます。
 

「...わたしにとってフォークミュージックの世界は、アダムがエデンの園を出なくてはならなかったのと同じように、出ていかなくてはならない楽園だった。そこは素晴らしすぎる場所だった。数年のうちに、忌まわしい嵐が猛威をふるうことになる。何もかもが燃えはじめる。ブラジャーに徴兵カードにアメリカ国旗に橋までが燃やされて、そして誰もが音楽に酔いしれる夢を見る。アメリカ全体の精神が変わって、さまざまな意味で『ナイト・オブ・リヴィング・デッド』によく似てくる。
道の先には危険が潜み、それがどこに続くのかわからなかったが、とにかく私は歩きはじめた。行く手に開けるのは奇妙な世界、稲妻に縁どられた雷雲の世界だった。多くの者がそれを誤解し、最後まで正しく理解しなかった。わたしはまっすぐにその世界に進んだ。世界は大きく開けていた。ひとつたしかなことがあった。
そこは神がつかさどる場所ではなかったが、同時に悪魔がつかさどる場所でもなかった。」

 

何方道(どっちみち)

解答たる「樹海」の問題探しはまだまだ続きます。

 

                                           根本 敬

【根本敬(ねもと・たかし)】

1958年東京都目黒区生まれ。『月刊漫画ガロ』1981年9月号掲載「青春むせび泣き」で漫画家デビュー。以降「特殊漫画」の道を突き進み、漫画界の極北に位置する。漫画界のみならず、音楽界やアート業界にも熱烈な支持者やフォロワーを持つオルタナティブ界の最重要人物とされる。代表作に『生きる』(青林堂、1986 / 青林工藝舎、2001)、『天然』(青林堂、1988 / 水声社、1998)、『タケオの世界』、『豚小屋発犬小屋行き』(青林堂、1991 / 青林工藝舎、2010)、『ミクロの精子圏』、『未来精子ブラジル』など。1995年「909 / アノーマリー2」展(レントゲン藝術研究所/椹木野衣キュレーション)や1999年「時代の体温 ART / DOMESTIC」(世田谷美術館/東谷隆司キュレーション)、2014年南フランスで同時開催された「MANGARO」「HETA-UMA」などに参加。1993年に刊行した『因果鉄道の旅』(KKベストセラーズ、1993 / 幻冬舎文庫、2010)所収の「でも、やるんだよ!」は「ニッポン戦後サブカルチャー史」(NHK・Eテレ)で90年代を牽引し大きく影響を与えた言葉として紹介された。

根本敬が昨年5月から半年をかけて描きあげた33.3×788cm、パブロ・ピカソの《ゲルニカ》(1937年)とほぼ同サイズの大作です。制作場所は大田区京浜島にある須田鉄工所の一角、BUCKLE KOBO。鋼鉄を叩いたり削ったりする音が鳴り響くなか、「根本敬ゲルニカ計画」と称して進められてきたプロジェクトにおいて制作されました。同年12月ミヅマアートギャラリーにて12月13日(水)より24日(日)まで、根本敬展「樹海」を開催。

VR(バーチャルリアリティー)とは

バーチャル・リアリティ(: virtual reality)とは、現物・実物(オリジナル)ではないが機能としての本質は同じであるような環境を、ユーザの五感を含む感覚を刺激することにより理工学的に作り出す技術およびその体系。

略語としてVRとも。

日本語では「人工現実感」あるいは「仮想現実」とされる(#「仮想現実」という訳語について)。古くは小説や絵画、演劇やテレビなども、程度の差こそあれVRとしての機能を有している。

根本敬「樹海」をVRで鑑賞する。

「樹海VR」の鑑賞方法(Oculus Go / Gear VR)

①下記よりOculusキーを発行し、取得してください。

②あなたのOculusアカウントより、

 取得したOculusキーを入力してください。(下図)

key1.png
key2.png

③コードの引き換えに成功したら、

 「樹海VR」アプリをVRデバイスにインストールしてください。

  1. VRヘッドセットを装着し、メニューのライブラリに移動します。

  2. ライブラリの未インストールに移動します。

  3. 「樹海VR」アプリを選択してアプリをインストールします。

  4. インストール後にライブラリのマイアプリに行き、「樹海VR」アプリを選択してください。

「樹海 VR」に関するお問い合わせ

【企画・プロデュース】

坂本雅司

【VR制作】

 

 

 

【樹海撮影】

Zohre Miha

 

【出演】

根本敬

marron

 

【協力】

高橋コレクション
ミヅマアートギャラリー
根本敬ゲルニカ計画実行委員会